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金沢地方裁判所 昭和30年(行)7号 判決

原告 社団法人石川厚生協会

被告 石川県知事

訴訟代理人 広木重喜 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が原告に対しなした昭和三〇年五月一三日附達第三六号により、原告経営にかゝる「しろがね診療所」の生活保護法に基く医療扶助のための指定医療機関の指定取消処分は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求の原因として次の通り陳述した。

一、原告は「しろがね診療所」を経営しているものであるが、同診療所は昭和二四年八月開設以来主として勤労者、生活困窮者の救援のための医療機関として発足し、昭和二六年二月二日生活保護法第四九条の指定医療機関の指定を受けた。

二、爾来「しろがね診療所」は同法第一、二条の精神に則り被保護者の健康維持に留意し、且つその自立を扶けることに配慮し、一般患者とは些かも差別することなく医療に万全を期してきたので、患者の信頼と協力をかち得たのである。最近被保護者の患者のみで毎月百数十件を数えるようになつたのは実に右の努力によるものであつて、他面監督官庁の指導や注意事項は仔細洩さず厳守するように督励し、其の所定の検査を忌避し、且つ之を妨害するなど毛頭考えたことがなかつた。

三、然るに被告は原告に弁明の機会を与えて昭和三〇年五月一三日附達第三六号の書面を以て原告に対し生活保護法第五一条第二項の規定により原告経営にかゝる「しろがね診療所」に対する医療機関たる指定を同年五月一八日限り取消す旨の通知をなした。共の取消の理由は原告が同法第五〇条第二項に違反して被告の行う指導に従わなかつたと謂うのであり、被告の主張によればその具体的要旨は次の(1) 乃至(4) の通りである。

(1)  昭和二九年一一月一二日の立入検査に際し、診療所の管理者は右検査を忌避し、且つ之を妨害した。即ら、診療所は(イ)当日の検査場たる当直室に係員以外の患者を入室せしめ、これ等の患者を煽動して検査の実施を不可能ならしめ、(ロ)診療簿の提出を拒み患者に対する診療内容及び診療報酬請求の調査を不能ならしめた。

(2)  被告は同診療所に対し厚生省の係員が昭和三〇年二月二二日石川県庁に於て監査を実施する旨同年同月一六日通知したが、医師不在を理由として当日の検査を断つた。よつて同年同月一七日に同年同月二一日、二三日又は二四日のいづれかに実施する旨通知したところ、これ亦前同様の理由で都合が悪い旨回答があつた。更らに同年同月一八日に、同年同月二一日より同年同月二五日迄に之を受けるよう通知したが、同年同月二一日に至り同年同月二五日に監査を受ける旨回答があつた。併し厚生省係官は右回答前に本省へ帰庁することを決定していたので之を延期した。

(3)  同年三月一八日厚生省係官が来て同年同月二三日に実施する旨通知したが、翌一九日に原告はその延期を申出た。

(4)  その後同年同月二八日午後一時より同五時迄立入検査が実施されることになつたが、原告は立入検査を妨げ、且つ忌避したので右検査を中止した。即ち、原告側は、(イ)立入検査と無関係な政治問題の論議で時間の空費を図り、(ロ)診療録の提示要求に対し之と関係のない論議により立入検査実施の遷延を図り、(ハ)当日の検査場たる眼科診療所に係員以外の患者を三〇名を入室せしめて検査を妨害した。

四、併し原告は決して立入検査を故意に忌避し妨害したことはないのであつて被告が具体的に指導違反として取上げた点につき其の事情を次に明らかにする。

(1)  被告は昭和二九年一一月一二日及び昭和三〇年三月二八日の両日の検査に際し、原告側が多数の患者を入室せしめて之を煽動して検査を妨害したと謂うけれども、かゝる事実は否認する。尤も患者達が立入検査の行われることを聞いて多少集つたことはあるが、それは当日生活保護法に基く予算の削減による保護が打ち切られ患者自身の負担が増大したゝめに患者の不安がとみにたかまつていた折であつたからその処置如何を案じて自発的に集つたにすぎず、原告の関知しないところであるのみならず、患者が検査場へ入室した事実はない。昭和二九年一一月一二日の検査場に当てられた当直室は四畳半の部屋であつて、そこに大机一個を備え、検査官四名と診療所側立会人四名合計八名が入室し、これだけで殆んど満員になり患者が無理に入るとしても一、二名が入り得るにすぎない。又昭和三〇年三月二八日の検査場たる眼科診療室は間口一間半、奥行二間の小室で、中央に長さ九尺幅二尺の大机と長椅子二脚、大小椅子数脚が用意され、検査官五名、診療所側四名が立会つたので他の患者が入室し得る余裕はなく、従つて原告が患者三〇名を入室せしめたとの被告の主張は虚構である。

(2)  被告は原告の検査期日に対する延期の申出を恰かも検査の忌避妨害の目的を以てなしたものゝように曲解している。通常行政官庁の検査は検査を受ける者の業務に支障のないよう時間的考慮が払われるのであつて、同診療所のように一日中患者で混雑し、医師の手不足から診療に忙殺されているところで短時間に充分な検査を受けるには夜間か若くは余裕のある準備がなければならないのである。よつて被告より検査期日の指定を受けた際原告側は医師の都合等で直ちに延期方を連絡し漸く昭和三〇年二月二五日に都合をつけて検査を受ける充分の準備をしてその旨被告に通知したのであるが、検査官の都合で中止になつたわけである。従つて其の間原告は何等検査を拒否したことなく、却つて進んで検査を受けるべくその期日を被告に知らせたのである。

(3)  昭和三〇年三月二八日厚生省沢井技官等の検査に際し、検査官が検査開始後三〇分程経て「検査を受けたくなければ受けなくともよい」と発言して診療所側の真意を曲解し、暗に診療所側に於て検査を忌避するものと認定するような態度が見えたのでもし時間が足らなければ之を延長して検査を終了して欲しい旨懇請したが検査官は時間を延長することなく引揚げてしまつた。併しこの際検査官は原告側が検査を拒否したことのないことを認めて引揚げたのである。

(4)  被告は診療所側が検査に直接関係のない政冶的問題で時間の空費を図り検査を遷延してその妨害を図つたと謂うけれども、かゝる事実はなく、単に検査を受ける者として不審な点を一、二質問したことがあるのみである。時間が空費されたのは石川県福祉課長が検査開始時刻を間違えて一時間早く診療所に連絡したので、その指示の間違いから生じたことであつてその責任は原告には存しない。

(5)  昭和三〇年三月二九日には原告の経営に係る寺井野診療所の立入検査が実施されたのであるが、その際原告側の理事が直接に検査官に面接し、「しろがね診療所」の同年三月二八日の検査を中途で打切られたことを意外に思う旨を訴えて検査を拒否する意思が毛頭ない旨を申し述べ、是非共検査を完了していただゞきたい旨懇請したところ、之に対し前記沢井技官は原告側の誠意を認め「しろがね診療所」は検査拒否の事実のない旨を再確認し、遺憾乍ら日程がないからその侭帰庁し、原告側の真意を報告すると答えているのである。

五、原告は被告が「しろがね診療所」に対しなした検査を生活保護法第五四条に基く立入検査であると主張する。しかして同条違反の行為がある場合には指定医療機関の指定を取消し得る旨の規定は存在せず、唯同法第八六条の罰則が適用されるのみである。即ち同法は罰則を受けることにより立入検査の目的を間接的に達成しようとしているのであつて、指定医療機関に対する指定取消処分はこれを意図していないのである。然るに被告は右立入検査を指導検査と称し、之が同法第五〇条第二項の医療指導であるかの如く主張し、「しろがね診療所」が右指導を拒否したことを理由として本件取消処分をなしたのであるが、右処分は右に述べた通り法律上の根拠なくしてなされた違法な処分であるから取消さるべきである。

同様の関係は健康保険法にもみられるのである。即ち、従来の健康保険法においては同法に基く指定を受けた保険医等が指導に従わなかつた場合にその指定を取消すことができなかつたのであつて、そのために新たに昭和三二年法律第四二号により同法第四三条の七、一二、一四の規定を設けて指定取消処分をなし得るように改正されているのである。

六、生活保護法に基く指定医療機関の指定取消処分は、指定医療機関が同法第五〇条の規定に違反した場合のみ同法第五一条第二項の規定に基き取消し得るものなるところ、被告は原告に対し同法第五〇条第二項の医療指導を実施した事実はない。即ち、昭和二九年一一月一二日並びに昭和三〇年三月二八日の立入検査に当り被告はそれが同法第五〇条第二項による医療指導であることを示したことがない。指導ということは指導者と被指導者との間において相互に之を実践する自発的な心境と状態が存在しなければ之を実現することはできない。従つて被告が同法第五〇条第二項の規定による医療指導を立入検査によつて実施するのであるならば之を明示し指導のできる状態をつくり出すことが絶対に必要である。そうでなければそれは命令であつて指導ではない。被告は右のような指導をしたことがなく、原告もその医療指導に従わなかつた事実もないから本件取消処分は違法である。

七、昭和二八年四月四日厚生省社会局長より各都道府県知事あての「生活保護指定医療機関指導検査要綱」によれば、指導検査の結果、行政上の措置を必要とする場合には、イ、指定取消、ロ、期間付指定取消、ハ、戒告、ニ、警告の四個の措置が定められているのである。そこで仮りに「しろがね診療所」に対する立入検査が被告の主張するように指導検査であるとしても、原告側には前述するところにより明らかなように検査を受ける意思が充分存したのであるから、被告が突如として行政処分としてその最も重い指定取消の挙にでたことは甚しく不当である。此の点からも本件取消処分は取消さるべきである。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、次の通り陳述した。

一、原告の請求原因事実に対する答弁

原告の請求原因事実一、のうち、「しろがね診療所」が原告の経営にかゝり、昭和二六年二月二日生活保護法による医療扶助のための医療を担当する機関(以下単に医療機関という)としての指定を受けたものであることは認めるも、その余の事実は不知、二、は否認する。三、について被告が原告協会に弁明の機会を与え昭和三〇年五月一三日附書面を以て原告に対し「しろがね診療所」の前記医療機関の指定を同年同月一八日限り取消す旨の通知をなしたことは認めるも、その余の事実は争う、四、及び五、はいづれも争う。

二、本件の経過

被告は昭和二九年一一月以降数回に亘り「しろがね診療所」に対し生活保護法第五〇条第二項及び第五四条による実地指導及び立入検査(以下此の両者を略称して指導検査という)を計画し実施しようとしたが、その都度以下述べるような経過で同診療所の妨害、忌避、拒絶により遂に検査不能となつたので、やむなく被告は昭和三〇年五月六日原告協会理事長に対し生活保護法第五一条第三項による弁明の機会を与え、同年同月一〇日同診療所の所長大野幸治、同事務長浅井茂人及び原告協会理事階戸義雄の弁明を聴取した上、同年同月一三日同診療所の医療機関としての指定を取消したものである。即ち、

(1)  昭和二九年二月一二日の指導検査

昭和二九年一一月一二日石川県社会福祉主事円田外雄外三名が指導検査のため前記「しろがね診療所」に赴き、午前九時から検査を開始しようとしたところ(以下これを一一月検査と略称する)同診療所長大野幸治、同診療所事務長中西初夫、原告協会理事浅井茂人等は前記円田主事等が診療内容及び診療報酬に関し診療録等の提示を再三、再四求めたにも拘わらず之を拒みこれと関係のない改田喜与志外患者十数名を入室発言させて、指導検査の実施を妨げ、政治問題の論議に藉口して指導検査を忌避し、午后一時半に至るも指導検査を行わしめようとしなかつたゝめ、やむなく中止せざるを得なかつた。

(2)  昭和三〇年二月二二日の指導検査

昭和三〇年二月厚生省の全国的立入検査計画の一環として新潟県、富山県、石川県の三県下に亘る生活保護法による指定医療機関について同法第五四条に基く厚生大臣の立入検査が実施されることになつた。そこで石川県としても厚生省社会局保護課厚生技官沢井隆一外一名による右立入検査と合同して県内の五指定医療機関聖霊病院、済生会病院、常盤園、しろがね診療所、寺井野診療所(後二者はいづれも原告協会経営にかゝるものである)に対し、指導検査を行うことゝし、本件「しろがね診療所」については同年二月一六日附書面で同診療所長大野幸治宛、同年二月二二日午后一時より同五時迄金沢市広坂通り石川県庁内石川県民生部長室において指導検査を行うこと、大野所長及び医療事務担当者一名がこれに出席すべきこと、及び生活保護法の医療扶助で取扱つた患者の昭和二九年四月以降同年一二月迄の診療録、レントゲン撮影をしたものゝ写真、その他関係書類を持参することを通知した(以下これを二月検査と略称する)。ところが大野所長は同年二月一七日理由を示さないで前記期日には出席しがたい旨返事してきた。そこで県側としては厚生省との合同検査を実施する関係上、期日の変更は困難である事情を述べ、再び所定期日に山席方を促すと共に、もし出席し得ない場合には其の理由を示されたい旨文書を以て申し入れたところ、同期日には大野所長が不在であるから延期されたいこと、診療所側では前記一一月検査を以て検査終了と了解しているから本件検査は納得し難い旨文書を以て返答があつた。そこで石川県としては厚生省係官とも相談の上、やむなく日程の再編成をなし、同一七日午后、前記期日を変更し、同年同月二一日、二三日、二四日のうちいずれか希望日を指定して回報されたい旨文書を以て申し入れたが、同診療所は前記一一月検査を以て検査終了と了解している旨を繰返し、併せて本件検査が再度実施される理由を示すように要求し、尚敢て検査を実施するならば希望日として同年三月一〇日より一五日を、実施場所としてしろがね診療所を夫々指定されたい旨文書を以て回報してきた。併し乍ら本件指導検査の趣旨は指定医療機関として当然熟知している事柄であり、前記一一月検査は決して検査終了でないこと明白であつた。そこで同年同月一八日同診療所に対し本件検査は厚生省の全国的検査計画の一環としてなされるものであること、従つてその検査期日の延長は不可能のところ、特に同診療所の都合を考慮の上、厚生省の了解を得て同月二五日迄延長するのであるから二一日より二五日迄の間で同診療所の行事予定を変更して都合のよい日を指定して回答されたい旨申し入れ、併せて前記一一月検査は前述のような事情で中止のやむなきに至つたものであることを申し添え、もしその間に出席不可能の場合にはその理由を文書持参の使者に回報すると共に前記レントゲン写真診療録等を同年二月二一日午前一〇時迄に石川県民生部長室迄持参されたい旨、石川県福祉課主事高山教三外一名を使者として文書を以て通知した。然るに「しろがね診療所」からは何の回報も得られず、更らに同日午後同福祉課主事江坂貞広外一名をして数度に亘り回報方を請求させたけれどもこれ又返答がなく、翌一九日同様に請求したがやはり返答がなく、同日午後高山主事等が回答書もの受領に赴いたけれども同様返答がなかつた。そこで同月二一日の午前中前記江坂主事を診療所に赴かしめて催促したのに遂に何等の回答も得られなかつたのである。此のように「しろがね診療所」は結局前記指定期日に指導検査を受くべき意思表示を全然示すに至らなかつたのである。かくて前記聖霊病院、済生会病院、常盤園等、石川県下の指導検査は予定通り終了したのにも拘わらず、原告経営の「しろがね診療所」及び寺井野診療所のみは遂に予定内に終了することが不可能となり(寺井野診療所の指導検査期日の交渉もしろがね診療所に対する交渉と同時になされたのであるが、これ亦同一の結果に帰した)厚生省係官の都合もあり厚生省と連絡の上、一応中止するのやむなきに至つたのである。ところが原告はその後に至り同二一日午后二時半頃、同月二五日に検査を受ける旨回答してきた。併し乍らその回答は原告等の誠意ある回答とみることのできないことは従来の交渉の経過から明らかであるのみならず、既に前記の通り石川県及び厚生省係官としては一応中止することに決定した後であるので之に応じなかつたのである。かような次第であるから右二月検査も結局「しろがね診療所」の不誠意な忌避及び延引策によりその実施を妨げられたものというの外はないのである。

(3)  昭和三〇年三月二三日の指導検査

かくして数次に亘る指導検査がその都度「しろがね診療所」の不誠意な拒絶、妨害、忌避等により実施不能となり、同診療所の言動に信頼を措き難くなつたが、同診療所は前記二月検査の際、昭和三〇年三月一〇日から一五日迄の間に指導検査を延期されたいと申したことがあつたので、同月一六日頃同診療所に対し果して何日頃検査を受けるものなのか照会したところ、大野所長から三月一八日に実施を予定されている訴外石川県社会保険診療報酬支払基金(以下単に基金と略称する)の診療担当者大野幸治に対する診療報酬請求書に関する審査を石川県側の斡施により中止して貰えるなら三月二三日に本件指導検査を受けたい旨申入れてきた。そこで石川県福祉課に於て前記基金に極力斡施した結果、三月一八日の審査を中止して貰う旨の了解を得たので「しろがね診療所」に其の旨通知したところ、同診療所では三年二三日午後二時から指導検査を受ける旨確約してきた(以下これを三月二三日検査と略称する)。そこで三月一八日附文書を以て前回同様指導検査の目的、日時(但し三月二三日午后二時から同五時までと指定)検査係官の氏名、準備すべき所要書類等について通知した。然るに翌一九日となるや、大野所長は何等の理由を示さず単に原告協会の幹部と相談の結果、右三月二三日検査を受けることができない旨通知して右確約を破棄した。併し右申出は何等指導検査を拒む正当な理由と言い得ないのみならず、自ら確約した指導検査の期日を一両日を出でずして破棄することは畢竟指導検査を拒絶するものであり、指導医療機関として重大なる信義違反といわねばならない。

(4)  昭和三〇年三月二八日の指導検査

かくして昭和三〇年度の指導検査は被告側の再度の要請にも拘わらず一回も実施せず、前回の三月二三日検査も「しろがね診療所」の確約破棄により実施不能となつたが、石川県側は尚も意を尽し診療所の再考を求め、三月二三日に至り漸く同月二八日午后一時より同五時迄の間に実施することに話合がついたので早速指導検査の目的、実施方法、検査係官の氏名及び準備すべき書類等について前回の三月二三日検査と同様の通知をなし(但しその開始時間については午后一時と明記しておいた)、愈々三月二八日午后一時前記厚生省技官沢井隆一及び石川県民生部福祉課長菅野盛治外三名が「しろがね診療所」に赴き検査を開始しようとしたところ(以下これを三月二八日検査と略称する)、同診療所長大野幸治、同診療所事務長浅井茂人、医師国谷勝、原告協会理事階戸義雄は開始時間は午后二時であると故意に主張してその開始を遷延させ、本件検査と何ら関係のない前記寺井野診療所事務長黒川吉衛や他の患者数十名を入室せしめて発言させ、検査官側はその退席を求めたにも拘わらず全然退室せしめず、尚検査官側より極力協調的に検査の実施方を申し入れ、診療録等の提出を再三求めたが之にも応じないのみならず、本件と無関係な政治的問題や前記寺井野診療所の谷口医師に係る診療報酬請求に関する案件等を持ち出して其の論議に時間を空費せしめ、午后三時半に至つても一向に指導検査開始の見込みが立たず荏苒同診療所の引き延し策に乗ぜられたまゝ午后四時過ぎに至つたので診療録やレントゲン写真等に則した指導検査は残りの予定時間内に終了することはてできず、指導検査の目的を達することは到底不可能となるに至つた。そして従来の診療所側の指導検査に対する態度や、午后五時を過ぎると日雇労務者が多数同診療所に来診に来るので、これ以上滞留することは諸般の事情に鑑み却つて無益の摩擦を惹起し、再び昭和二九年一一年二四日の健康保険法による保険医大野幸治に対する監督の際に起つた如き混乱状態をひき起すことが憂慮されたので、やむなく本件指導検査を中止せざるを得なかつた次第である。

(5)  このように「しろがね診療所」は昭和二九年一一月以降数次に亘る指導検査を何ら正当の理由もなく悉く忌避し、妨害し、拒絶し、以てその実施を不能ならしめたので、被告は同診療所の指定医療機関としての指定を前記の通り取消したのであるが、本件取消に当つては右の外、尚次のような事情が存していたのである。

同診療所は、生活保護法による被保護者の診療の外、健康保険法、日雇労働者保険法、船員保険法、国民健康保険法及び共済組合に関する法律の規定に基く診療をも行つており、その毎月の取扱総件数は極めて多数にのぼつている。しかるに同診療所の担当医師は大野幸治外一名であるため、医師一人が担当する受診患者の数が極めて多く(その一例として昭和三〇年一月分についてみるに、同診療所の石川県社会保険診療報酬支払基金に対する診療報酬請求額は別紙第三の通りであるから、同診療所は一日当り3883人/31日=125.2人の患者を診療していることになり、医師一人ではその半分の六二・七人をみていることとなる。なお、診療報酬点数単価決定の算定の基礎として、医師一人の一ヶ月稼働日数は二七日、一日当りの患者の数は二〇・四人とされており、厚生省大臣官房統計調査部の昭和二八年七月現在での「昭和二八年患者調査」によれば、内科医の患者数は平均二二・四人となつている。)そのため同診療所の患者一人当りの一回の診療時間は甚だ短く(その一例として前記の別紙第三によれば、患者一人当りの診療時間は、医師が八時間稼働するものとして、約七・六分、一〇時間稼働するものとして約九・六分となる。のみならずその間相当数の往診がなされているから、患者一人当りの実際の診療時間は右以上に短いものと推定せざるをえない。)したがつてそ診濫療の虞れあるものといわざるをえない。しかも一件当りの点数及び金額は別紙第一の如く各月とも県平均を遙かにうわまわつており濃厚診療の傾向が顕著であるばかりでなく、傷病名に兼症が多く(兼症者の受診者総数に対する割合は本件取消当時71人/147人×100=48%あつたが、後記の如く転医后は42人/147人×100=36%となつており、又同診療所の受診者-その数は平均して約一二〇名内外である-のうち、約五、六割が結核性患者であり、しかもその約七、八割が肺結核疾患であつて、このうち兼症なきものは約四割にとゞまり、他の約六割が「クル病」、気管支炎、心臓機能不全、気管支せん息、神経痛等の兼症を有するものとされており、これに対する診療は殆んど兼症の治療に終始している傾向にある。)病名の転換が屡々なされ、後記の如き療養担当規程所定の喀痰検査、血沈検査、胸部「レ」線写真撮影、潜血反応検査、造影剤使用「レ」線写真撮影、腎機能検査等の諸検査を適正に行つていないため、治療を行うに最も必要かつ重要な診断の根拠が甚だ薄弱である。のみならず治療の面でも例えば同診療所の生活保護法患者の大部分をしめる結核性疾患に対したゞ対症療法しか施していない等、結核予防法等に基く適正な治療が行われていない例が数多く、その他の疾患、例えば胃潰瘍、十二指腸潰瘍、肝炎、神経痛「ロイマチス」、心臓機能不全、梅毒、高血圧症、更年期障害等についても高価な治療方法を長期間に亘つて行つている等、治療内容が適正でなく、後記の如く療養担当規程の遵守されていない例が多く見うけられるのである。このように同診療所は生活保護法による医療扶助のための医療を担当するにあたつて、法に定められた適正な診療を行つているとは認めがたいのである。

そしてこのことは例えば昭和三〇年三月三一日付の石川県地方社会保険医療協議会から石川県知事にあてられた答申書からも十分窺われるところである。即ち同協議会は「しろがね診療所」の医師大野幸治に対し社会保険医療担当者監査の一部検査を行い、その結果に基いて、「今後必要ある場合は随時監査を実施することを条件として戒告処分をなすべき」旨を答申しており、その際大野医師は石川県民生部保険課長あて、「一、診療報酬請求について、事務担当者に対する指導に不十分な点があつたので作為に基かない過失の請求があつた点、また担当者の未熟と不注意により不当な請求をなした点は今後厳重に監督に留意する。一、診療取扱について、社会保険診療としては必ずしも適正でないものがあつたが今後十分適正診療に留意する。」との意見書と題する書面を提出している。しかして指定医療機関の診療方針及び診療報酬については生活保護法第五二条第一項により国民健康保険療養担当規程及び同規程により準備する健康保険保険医療養担当規程(以上を総称して単に療養担当規程という。なお社会保険医療担当者が同療養担当規程を遵守すべきことはいうまでもない。)の定めるところに遵うべきものとされているのである。したがつて前述の如く社会保険医療担当者としてその診療報酬請求及び診療取扱が適正を欠くということは、即ち生活保護法の指定医療機関としても適正な診療を行い、適正な診療報酬の請求をしていないものと推察することができよう。のみならず本件指定取消後、同診療所で従来受診していた生活保護法患者(取消当時一四七人)につきその医療扶助に支障なからしめるため、これらを他の指定医療機関に斡旋して転医せしめたところ、結核性疾患のもの八七件のうち一四件は治療を廃止し、他の四五件は「しろがね診療所」における受診当時と診断名が一致するけれども二八件は結核性が認められず、胃潰瘍、十二指腸潰瘍疾患のもの二六件のうち二件は治療を廃止し、四件は診断名が一致するけれども他の二〇件は何れも潰瘍性が認められないという如き事実が明かとなつた。しかしてこのことは、同診療所の診断が如何に粗雑であつたかを如実に示すものである。したがつて従来かゝる誤れる診断のもとに、不適当な治療が不必要に継続され、多額の診療報酬が支払われていたものと十分推断することができよう。故に、被告が前述したように同診療所が生活保護法に定められた適正な診療を行つているとは認めがたいものとしたのはまことに正当であるというべきである。

三、本件指定医療機関の指定の取消の法的根拠

(1)  指定医療機関が生活保護法第五四条第一項の立入検査を忌避、妨害拒絶することは、生活保護法によつて定められた指定医療機関としての地位に違背し、指定の基礎をなす信頼関係を裏切るものであるから、法五一条二項によつて表明された法の本旨にてらし、当然これが指定を取消しうべきものである。

生活保護法は都道府県知事及び市町村長を医療扶助の実施機関としながら(同法一一条一項、一九条参照)、他方医療機関の指定の制度を設け(四九条参照)、現実の医療の担当を厚生大臣又は都道府県知事の指定する医療機関(これを指定医療機関という)に包括的に委託しているのである。したがつて生活保護法の医療扶助が適正に行われるか否は、各指定医療機関が法の定めた地位に基いて適正に医療担当の責務を果すか否にかかつているのである。このように医療扶助の制度は各指定医療機関に対する全面的信頼関係を基礎としてはじめて成立するものであるから、もし各機関が法の定めた義務に悖り、指定医療機関としての地位に違背し、その信頼関係を裏切るような場合にはもはや医療扶助の実効を期待することは不可能となるのみならず、これを放置するにおいては不適正な医療扶助の存続をゆるすこととなり、ひいては医療扶助制度自体の存立が危ぶまれる結果となるであろう。故にかゝる場合には厚生大臣又は都道府県知事は法理上当然前記指定を取消しうべきものということができる。さればこそ法五一条二項は、五〇条一項、二項に違反するときは、その指定を取消すことができるものと規定しているのである(五一条二項)。しかしこの規定は、五〇条一項、二項にかゝげる義務が医療機関の本務である医療自体に関し、医療の担当を本来の使命とする医療機関にとつてとりわけ切実な関係にあるから、これに違反した場合を特に取消事由として掲げたまでであつてその根底において前述した一般条理を予定しているものということができる。したがつて右事由以外の場合であつても、指定医療機関としての地位に違背し指定の基礎をなす信頼関係を裏切るような非協力的背信的態度乃至行動がある場合には、当然指定を取消しうるものと解するのが法理に照し正当なものといわねばならない。

ところで法五四条一項は「厚生大臣又は都道府県知事は、診療内容及び診療報酬請求の適否を調査するため必要があるときは指定医療機関の管理者に対して必要と認める事項の報告を命じ又は当該官吏若しくは当該吏員に、当該医療機関について実地に、その設備若しくは診療録、その他の帳簿書類を検査させることができる。」と規定しているが、しかしてこの規定が厚生大臣又は都道府県知事に対して報告徴収権又は立入検査権を認め、その反面において指定医療機関の側にこれに応ずべき義務を課した所以のものは、指定医療機関が指定の本旨にしたがい法の命ずるところに従つて適正な医療を担当し、その診療報酬を適正かつ円滑に請求することを確保せんとするものである。けだし生活保護法の医療扶助の適正な実施は、各指定医療機関の行う診療の内容及び診療報酬の請求が適正であるか否に依存しているものであるから、各指定機関の現実の事業を調査しその実体を把握することは極めて重要な意義をもつものである。しかしこの立入検査は後述するように、その検査を通じて当該医療機関に対し適切な指導監督を行い、この検査の結果如何によつて必要な行政上の措置等を講じたり、又は指定取消事由の存否を明確にすることともなるのであるから、この権限の行使は医療扶助制度の存立にとつて極めて必要かつ重要なものといわねばならない。故に指定医療機関が法五四条一項の報告命令及び立入調査に応ずることは法の定める指定医療機関としての地位に伴う当然の義務というべく、これに違背しないことは前述した医療機関の指定の基礎をなす信頼関係の重要な面であるといわねばならない。されば指定医療機関の管理者がなんらの正当の理由がないのにかかわらず、報告命令に全然応ぜず、又は立入検査を忌避、妨害、拒絶してその実施を不能ならしめるが如きは、畢竟法の定めた指定医療機関としての地位に違背し、指定の基礎をなす信頼関係を裏切るものというべきである。したがつてかかる場合には法五一条二項によつて表明された前記法の本旨にしたがい、同条三項の手続を経て適法にその指定を取消すことは当然のことといわねばならない。もちろん、立入検査を拒否妨害又は忌避した場合は法八六条による罰則の適用はあるが、しかしそれだからといつて、既述のようにこれに違背して将来指定医療機関としての主要な責務を委託するに足る基礎を欠くにいたつた場合にも、なおかつ行政上引き続きその地位を認めねばならないというが如きは法の全く予想しないところというべく、従つて罰則の有無によつて前記結論が左右されるべきでないことは多く言うをまたないであろう。

(2)  指導検査における実地指導は、同法五〇条二項にいう「都道府県知事の行う指導」にあたるから、指導検査を拒むことは結局「都道府県知事の行う指導」を全面的に拒否するものであり、したがつてその指導に従わないものというべく、これが指定を取消すことは同法五一条二項及び五〇条二項により適法なものである。

法五〇条二項によれば、都道府県知事は指定医療機関に対し被保護者の医療について指導を行うことを予定している。ところでこの指定医療機関に対する指導の具体的方法については、法文上これを明示した規定はなく、たゞ行政上都道府県知事が適宜必要な指導を行うものとされている。したがつてその指導の方法は、都道府県知事が直接行う指導の外、社会保険診療報酬支払基金及び医師会等を通じて行う間接指導等種々の方法が考慮されているが、就中「生活保護医療機関指導検査要綱」(昭和二八年四月四日社乙発第五五号各都道府県知事宛厚生省社会局長通知-以下単に要綱という)に基いて行う実地指導は、前記「都道府県知事の行う指導」のうち最も有効かつ適切なものである。何となれば右要綱によれば、指導検査の目的は指定医療機関における診療の適正と診療報酬の請求の適正円滑を図るため行われるものであつて、事前に諸資料を準備検討してその計画を樹立し、主務課技術吏員(主として医師)及び事務吏員各一名以上をもつて編成される指導検査班が右計画にもとずき、二以上の指定医療機関を一定の場所に集合せしめ、又は個々の指定医療機関に対し実地に出向いてこれを行うものであり、その実施にあたつては、当該指定医療機関の設備、診療録、診療報酬請求明細書、レントゲン写真その他の帳簿書類や患者等に直接あたつて、その診療内容及び診療報酬請求の実体を逐一調査し、必要な事項について報告を求めると共に、その都度当該指定医療機関の責任者及び関係者に対し生活保護法の概要、特に医療扶助の趣旨及び診療方針並びに診療報酬請求に関する諸規定、通達や、指定医療機関医療担当規程等について十分周知徹底させ、同時に改善又は留意すべき事項を具体的に指示、指導し、指導検査が終了したのちは、その結末について仔細にこれを検討した上、詳細な指示を与え、行政上又は医療費返還等の措置を講じ、かくて指示した事項の履行を確認監督し、その効果を測定し、今後の指導に資せんとするものである。故に都道府県知事の上記実地指導は当該指定医療機関の実体を調査、把握しながら実地につき行われるものであるから、実際に則した具体的かつ適切な指導ということができるのである。したがつて、この実地指導は、生活保護法の医療扶助の適正な実施にとつては極めて重要な役割を果すものといわねばならない。このように前記要綱に基く指導検査は単に当該医療機関の診療内容及び診療報酬請求につき調査をするにとどまらず、これと同時に、法五〇条二項の指導をも併せ行わんとするものである。故に、この指導検査を拒むことは、かかる都道府県知事の実地指導を全面的に拒否せんとするものであるから、それは、法五〇条二項の指導に従わないものというべく、この点についても法五一条二項により、医療機関としての指定を取消しうるものといわねばならない。けだし法五〇条二項にいわゆる「指導」に従わないとは具体的になされた指示、指導に違背する場合を指称するのみならず、その指導を受けること自体を拒否する場合をも包含することは、規定の趣旨からして自明の理といわねばならないからである。

以上の通り「しろがね診療所」が数次に亘る指導検査を何ら正当な理由もなく忌避、妨害、拒絶したことは生活保護法によつて定められた指定医療機関としての義務に違背し、指定の基礎をなす信頼関係を裏切るものであると共に、被告が行わんとする指導を最初から否定するものとしてこれが指定を取消したことは適法且つ正当なものである。

立証〈省略〉

理由

原告協会の経営にかゝる「しろがね診療所」が昭和二六年二月二日生活保護法第四九条の規定に基き医療機関としての指定を受けたこと、被告が原告協会に弁明の機会を与えた上、昭和三〇年五月一三日附書面を以て原告協会に対し「しろがね診療所」の前記医療機関の指定を同年同月一八日限り取消す旨の通知をなしたことは当事者間に争がない。

そこで被告の「しろがね診療所」に対する医療機関としての指定の取消処分が違法であるか否かにつき考察するに、成立の争のない乙第一号証の一乃至三、同第六号証の一乃至六、同第七号証、同第一八号証の一乃至三、同第一九号証の二、三、証人菅野盛治、同黒木利克、同三浦直男、同沢井隆一、同円田外雄、同山下清之、の各証言及びこれらの証言により真正に成立したものと認める乙第三、第五、第八号証、同第一九号証の一を綜合すれば次の事実が認められる。

一、厚生省社会局長は生活保護法第五〇条第二項及び第五四条の規定に基き都道府県知事が指定医療機関に対して行う実地指導と立入検査を有効適切ならしめ以て指定医療機関における診療の適正と診療報酬請求の適正、円滑を図るべく、都道府県知事が指定医療機関に対する指導の具体的方法につき「生活保護指定医療機関指導検査要綱」(昭和二八年四月四日社乙発第五五号各都道府県知事宛厚生省社会局長通知)を定めたこと、右要綱では生活保護法第五〇条第二項所定の実地指導と同法第五四条第一項所定の立入検査を併せて指導検査と称し、都道府県知事が此の指導検査を行うに当つては事前に諸資料を準備検討して指導検査計画を樹立し、主務課技術吏員(主として医師)及び事務吏員各一名以上を以て編成する指導検査班が右計画に基き、個々の指定医療機関に対し実地に出向いて又は二以上の指定医療機関を一定の場所に集合せしめて之を実施し、その実施に際しては当該医療機関の設備、診療録、診療報酬請求明細書、レントゲン写真、その他の帳簿書類を実地に調査し、その診療内容及び診療報酬請求の実体を把握し、必要な事項について報告を求めると共に、指定医療機関の責任者及び関係者に対し、生活保護法における医療扶助の趣旨、診療方針並びに診療報酬請求に関する諸規定、通達、指定医療機関医療担当規程等について十分周知徹底させ、同時に改善又は留意すべき事項を具体的に指示、指導し、指導検査が終了した後には、その結末について仔細に之を検討した上、詳細な指示を与え、行政上の措置、若しくは医療費返還等の措置を講じ、かくて指示した事項の履行を確認監督し、その効果を測定し、今後の指導に資せんとするものであつて、都道府県知事の行う指導検査は生活保護法の規定する医療扶助の適正な実施にとつては極めて重要な役割を果すものであること。

二、昭和二九年一一月一二日の立入検査について。

石川県(以下県と略称する)民生部福祉課は被告知事の命に基き同県内の生活保護法による指定医療機関に対する昭和二九年度の指導検査計画の一環として原告経営の「しろがね診療所」に対する立入検査を実施するにつき同診療所の意見を聴いた上、立入検査の期日を同年一一月一二日午前九時と指定し、同日県より技師山下清之、嘱託木村修三、主事円田外雄、同西山昭の四名が同診療所に出張して同診療所の医師大野幸治、事務長中西初夫、原告協会理事浅井茂人等に対し、先づ診療録の提示を求めたところ、診療所側は之を提示せず、検査場にあてられた診療所当直室に右検査と関係のない患者を多数入室せしめたので、県係官は再三その退去を指示したが診療所側は之に従わないのみか患者の意見を聞けという名目の下に患者を煽動して午前九時半頃より午后一時半頃迄約四時間に亘り県側係官に対し再軍備の廃止等の政治問題の論議を要求し、暴言を吐き威嚇を行う等の態度に出で県係官による診療録の調査や診療内容、診療報酬請求書に関する調査を不可能ならしめたので県係官はやむなく右立入検査を中止せざるを得なかつたこと。

三、昭和三〇年二月厚生省の全国的指導検査計画の一環として新潟県、富山県、石川県の三県下に亘る生活保護法による指定医療機関につき同法第五四条に基く厚生大臣の立入検査が実施されることゝなつたので県知事としては之と合同して前記しろがね診療所外四ケ所の指定医療機関に対する指導検査を実施することを計画し、しろがね診療所に対する指導検査を同年二月二二日午后一時より午后五時迄石川県庁内民生部長室において実施することとし、その旨及び同診療所の大野所長と医療事務担当者一名が之に出席すべきこと、及び生活保護法の医療扶助で取扱つた患者の昭和二九年四月以降同年一二月迄の診療録、レントゲン撮影をしたものゝ写真、その他関係書類を持参すべき旨を同年同月一六日同診療所長大野幸治あてに通知したところ、同診療所より当日は医師不在につき延期方を申込んで来ると共に、昭和二九年一一月一二日の立入検査を以て検査は終了しているから本件検査は納得し難い旨回答してきたので、県民生部長は二月二二日が都合が悪いならばその前後の二一日、二三日、二四日のうち何れかを実施日として選定されたい旨同月一七日に再び通知した。之に対し同診療所からは再び医師が不在であるから三月一〇日より一五日迄の間のいづれかの日に延期して貰いたい旨回答してきた。そこで県民生部長は二月二一日より同月二五日迄の間のいづれかの日に実施を受けるように同月一八日再び通知したのであるが、之に対し診療所より一一月一二日の検査を以て検査を終了と了解している旨を繰返し、併せて本件検査を再度実施する理由を示すことを要求し、敢て検査を実施するならば希望日として同年三月一〇日より一五日を、実施場所として同診療所を夫々指定されたい旨回答してきた。そこで県は二月一八日同診療所に対し本件指導検査は厚生省の全国的指導検査計画の一環としてなされるものであつて、その期日の延長は不可能であるところ、特に同診療所の都合を考慮して厚生省の諒解を得て二月二五日迄延長するのであるから二一日より二五日迄の間で都合のよい日を指定して回答されたい旨申入れた。然るに同診療所からは何の回答もないので同日午后江坂主事として翌一九日高山主事をして夫々再三回答を要求させたが返答がなかつた。そこで県としては厚生省と連絡の上同診療所に対する指導検査を一応中止するのやむなき状態となつた。然るにその後の二月二一日午后に至り同月二五日に検査を受ける旨同診療所より回答があつたのであるが、県としては従来の交渉経過よりみて誠意のある回答とみることを得ず、且つ県及び厚生省としては一応指導検査を中止することに決定した後であるから之に応じなかつたこと。

四、昭和三〇年三月二三日の検査

その後同年三月一六日さきに中止した指導検査を何日頃受けることができるか同診療所に照会したところ、同診療所においては同月一八日実施予定の診療担当者大野幸治に対する石川県社会保険診療報酬支払基金による診療報酬請求の審査を県の斡旋により延期して貰えるなら同月二三日に検査を受けたい旨申入れてきた。よつて県は右申出に応じ右支払基金に斡旋して右の審査期日を延期させ其の旨通知したところ、同月一九日に至り同診療所は同診療所に勤務する国谷医師を健康保険医に指定せよ、そうでなければ検査に応じないと申入れ、同月二三日の検査を受ける旨の約束を破棄してしまつたこと。

五、このようにしてしろがね診療所に対する指導検査は被告側の再三の要求にも拘わらず実施することができなかつたのであるが、被告側は尚も同診療所の再考を求めた結果、同年三月二三日に当り同月二八日午后一時より午后五時迄の間に同診療所において実施することに話合がついた。よつて右の二八日午后一時厚生省技官沢井隆一及び石川県民生部福祉課長菅野盛治外三名が同診療所に赴き指導検査を開始しようとしたところ、同診療所長大野幸治同診療所事務長浅井茂人、医師国谷勝、原告協会理事階戸義雄等は開始時刻は午后二時であると主張してその検査開始を遷延させ、本件の検査と関係のない寺井野診療所事務長黒川吉衛や他の患者多数を実施場たる眼科診察室に充満せしめ、検査官側より関係者以外の退室を要求しても之に応ぜす、診療録の提出を再三要求しても応ぜず、本件指導検査と無関係な寺井野診療所の谷口医師にかゝる診療報酬請求に関する案件等を持出して其の論議に時間を空費せしめ、午后三時四〇分頃になつても一向に検査を開始し得る見込がないので検査官側は診療録やレントゲン写真等に則した指導検査は残りの予定時間内には終了することができず、指導検査の目的を達することはできないと考えて午后三時五〇分頃引き揚げたこと。

六、叙上における被告側の指導検査は厚生省社会局長より各都道府県知事あて昭和二八年四月四日附「生活保護指定医療機関指導検査要綱」(社乙発第五五号)に基き生活保護法第五〇条第二項及び第五四条に規定する指定医療機関に対する実地指導並びに立入検査の両者を包含するところの指導検査としてなされたもので立入検査は当然実地指導の前提となり、検査の結果による不適正、不備な取扱を個別的に補正指導することを目的としてなされているものであつて、実地指導と立入検査とは密接不可離の関係にあること。

以上の認定事実によれば原告は被告石川県知事及び厚生大臣の行う実地指導並に立入検査を拒否し、妨害してその実施を不可能ならしめたものと断定すべきものである。右認定に反する証人大野幸治、同浅井茂人の各証言は措信せず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

原告は生活保護法第五四条第一項による立入検査と同法第五〇条第二項にいわゆる指導とは全然別個であるから、仮りに原告経営のしろがね診療所が被告のなす立入検査を拒んだとしても同法第八六条の罰則の適用を受けることはあつても、医療機関の指定の取消処分を受ける理由がないと主張するけれども、前段認定の如く本件における被告の指導検査は立入検査と同時に実地指導を行わんとしたものであり、被告の再三の勧告にも拘わらず原告は遂にこれを拒否したものであるから同法第五〇条第二項の指導に従わなかつたものとして同法第五一条の取消処分を受けてもやむを得ないところである。又証人菅野盛治、同沢井隆一の各証言及びこれらにより真正に成立したものと認める乙第九乃至第一一号証、同第二〇号証の一、二、同第二一号証、証人山下清之の証言及び之により真正に成立したものと認める乙第一二乃至第一四号証、同第一五号証の一、二、同第一六号証の一乃至四、同第一七号証を綜合すれば、「しろがね診療所」における昭和二九年四月より昭和三〇年三月迄の一件当り点数及び金額は別紙第一の通り各月共県の平均を遙かに上廻つており、濃厚診療の傾向が顕著であり、同診療所が石川県社会保険診療報酬支払基金に対し昭和二九年一一月より昭和三〇年二月迄に提出した診療報酬支払請求明細書に対し右支払基金が査定した結果と査定の結果不適正なものとし減点及び返戻した件数及びその比率と石川県全体の同期間内における減点及び返戻件数及び比率は別紙第二の通りであるが、これによれば同診療所の減点及び返戻の率は県平均を遙かに上廻つており、同診療所は社会保険医療担当者としてもその診療報酬請求が極めて適正を欠いており、従つて同診療所は生活保護法の医療機関としても適正な診療報酬請求をなしていないことを推断するに難くない。のみならず治療の面においても同診療所の生活保護法患者の大部分を占める結核性疾患に対し唯対症療法しか施していない等、結核予防法等に基く適正治療が行われていない例が数多く、その他の疾患についても高価な治療方法を長期間に亘つて行つている等、治療内容が甚しく粗雑で、適正な診療を行つていたものとは到底認め難い。

従つてかゝる不適正な診断のもとに不適正な治療が不必要に継続され、不必要に多額の診療報酬が支払われていたことを推断するに難くないのであるから、原告が同診療所に対する指導を拒んだことは情状頗る重く指導に従わない場合の行政措置中最も重い指定の取消処分をしたことは何等違法ではないから原告の請求は理由がなく棄却することとし、訴訟費用には付民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 観田七郎 辻三雄 柳原嘉一)

別紙第一、第二、第三〈省略〉

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